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関心と無関心について少し考えました

この季節になると道ばたに誰かの手袋が落ちていたり、
台風の時期になると誰かが捨てた傘が転がっていたり、
季節に関わらずゴミが転がっていたりします。
 
本当は落としたり捨てた人の責任なのだと思うのですが、
実質的に、もはや誰の責任で回収されるべきなのかわからないモノを見ていて、
ふと、これらのモノに関心を持ってしまった人は、
そこで急に責任を追ってしまうんじゃないだろうか、
と思ったのです。
 
例えば、落ちている手袋を拾った人は、
拾った手袋を警察に届けるか、例えば電車の中なら駅員さんに届ける責任が発生する気がしたのです。
拾ったものをそのまま元の場所に再度放置する、のは何かおかしい気がします。
 
拾うだけではなく、例えば何かしらの理由で、
その落ちた手袋の写真を撮ったとしたら、その場にいた第三者は写真の撮影者に
「気づいたらなんとかしろよ」という責任を与えそうな気がします。
その写真をSNSにアップすれば、一部の人がそのようなコメントをつけそうな気がします。
 
この考え方は、何か理不尽な気がして、
そしてその理不尽を回避するために、例えゴミや落とし物に気づいたとしても
無関心になってしまうのではないか、と考えました。
しかし、無関心であることも正解ではないような気がします。
 
何が正解か、まではうまく考えきれていないのですが、
またケースバイケースで何が正解かは変わってきそうではありますが、
関心を持つ事と責任が発生する事、
無関心であることと違和感がある事、
この感覚は持っておこうと思った次第です。