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基礎的な力を失うことに慣れちゃいけないな、と思いました

ドキュメントを読んでいて、
表が出てきたら「表だな」と思います。
当然のようなことを書いていますが、これは「表」とは何か、が共有できているから成り立つのだと思います。
僕の知っている表は行と列からなり、だいたいは行または列に意味があり、
かつそれらはグルーピングされていて、列間または行間で比較ができたり、
または何かが整理されていると思います。
そう思って、「表」を読みます。
 
もう少し細かく見ていくと、日本語の文法も共有しているつもりで読みます。
「しかし」とくれば今までの文脈とは違う、例えば逆の意味の文章が来るのだろうと思います。
 
しかし、(まさに「しかし」)
「しかし」がまるで順接のように用いられていたりすると、
読むことに非常にストレスを感じます。
タイプミスなのか、コピペミスなのか、順接が正しいのか、逆接が正しいのか、
頭の中で補完しないといけなくなります。
 
文法や表やグラフを全く自分の理解とは違う方法で使われることは
稀なようでよくある気がします。
 
時間がない、面倒臭い、
いろいろな理由で手を抜かれた文章は、非常に読みづらいなぁと思います。
そして、「読みづらい」ことで読み手の時間や手間を奪っているのだろうとも思います。
 
文章の組み立て方、表などの使い方は、
おそらく子供の頃からの国語や算数・理科、
さらには大学に入ってからの論文や学会発表などで少しずつ培っていくものなのかな、と思います。
しかし一度文章を書くこと、表現することをサボってしまい、それに慣れてしまうと
底が見えなくなり、さらに気付いた時には年齢や人間関係が邪魔して、
直したり共有したりする機会がなくなってしまうような気がしました。
 
このブログもひどい文章なので、
あまり言えたものじゃないですが、
文章の書き方、といった基礎的なものは失ってしまって、失ったことに慣れてしまうと、
取り戻すことが難しそうなので、少しでも意識していこうと思った次第でした。